2025年小笠原諸島旅行記 [体験編]

はじまり
「そうだ小笠原諸島に行こう」と思ったのは2025年2月のことでした。
2024年3月に卒業旅行で世界自然遺産の一つである北海道の知床へ行きました。そこで広大な海を覆い尽くす流氷や、水平線の向こうまで広がる光景を目の当たりにし、日常生活では出会えない絶景が日本にも存在することを実感しました。そして、生きているうちに日本の世界自然遺産を全て見たいという思いが芽生えました。

日本には世界自然遺産が5つあり、それは屋久島、白神山地、小笠原諸島、知床、奄美大島です。
その中でも特にアクセスが難しいのが小笠原諸島だと知りました。 片道24時間の船で、約1週間に1便しか船が出ないため、自ずと旅程が最低でも5泊6日になります(厳密には豪華客船など別の移動手段はありますが、そこは割愛で)。 そこでまとまった休みが取れたら小笠原諸島に行こうと決めました。
2025年3月にまとまった休みを取れる目処が立ったため、急いで小笠原諸島行きの船や宿の予約をしました。しかし、予約の段階で3月の小笠原諸島は春休みなどの影響でハイシーズンだということが判明しました。船の予約は問題なく取れましたが、宿やアクティビティはほとんどが満員で、宿はかろうじて1室空いていたところを急いで確保しました。アクティビティについても、空きを見つけるためにひたすら電話をかけ続けて予約しました。
旅程は2025年3月1日〜2025年3月6日です。出発までの間、小笠原諸島を訪れた人たちの体験ブログをひたすら読み漁り、必要な荷物や行きたい場所をリストアップして準備を整えました。そして、いよいよ出航日である3月1日を迎えました。
1日目: はじめての24時間の船旅
午前10時半、竹芝港に到着。 11時出航の「おがさわら丸」に乗船するため、チェックインカウンターで乗船証を搭乗券に引き換えます。 上の等級の乗客から優先的に案内され、いよいよ乗船です。

客室に荷物を置き、私は逸る気持ちを抑えきれず、すぐに甲板へ駆け出しました。 どこから景色を見るのがベストか分からず、右往左往しながらも、船の進行方向の場所を確保。 出発の合図とともに、力強いエンジン音と振動が体に伝わってきます。 これから始まる6日間の旅への期待と高揚感が込み上げてきました。
普段は見ることのない、海上からのレインボーブリッジや羽田空港、横須賀の景色は、新鮮の連続でした。 東京湾を出るまでは約3時間は電波は通じていたので、この後のオフラインに備えてKindleで本をダウンロードしていました。


横須賀を過ぎ、外洋に出ると、辺りは一面の海で周囲に人工物は何も見えなくなりました。 水平線の向こうまで全て海、大洋の中ただ1隻航海するおがさわら丸は、どこか孤独を感じました。

電波が途絶える前後、午後2時半からは、インストラクターによる父島の紹介プレゼンテーション、午後3時半からは国立天文台の方による電波天文学と父島の電波塔についてのレクチャーがありました。 特に、電波天文学のレクチャーは興味深く、父島が電波天文学に適した場所である理由を知りました。 また父島はテレビやタクシーの無線がほとんどないため、MHz帯の電波汚染がないらしい。 そのためMHz帯の電波天文学をやるのに父島が適しているという話をしていました(専門外なので多少勘違いが含まれているかもしれないが、そこはご愛嬌で)。
そうこうしていると日没の時間が近づいてきたので、甲板に出て日没を眺めました。 甲板もまた違った雰囲気になってきたので、写真を撮りました。

夜は甲板で夜風に吹かれながら星を眺めました。

船内では、事前にダウンロードしておいた写真の構図に関する本を読みました。 この本を読んだことで旅行中常に写真映えする構図を探すようになり、散歩がさらに楽しくなりました。
身支度をし、22時の消灯時間に合わせて就寝しました。 翌朝日の出を見るために5時に起き、シャワーを浴びで甲板に出ました。 太陽のありがたみをここまで実感したのは初めてでした。 太陽は船の灯だけが頼りの暗闇の孤独から、一気に視界を広げてくれる存在です。

日光浴をした後、二度寝をし、朝ごはんを食べて再び甲板に出ると、18時間ぶりに島が見えました。 太陽の位置の変化による見え方の変化こそあれど、360度どこを見渡しても海しか見えない変わり映えしなかった風景に18時間ぶりに変化が訪れました。 このとき生まれて初めて島が見えることに感動を覚えました。

最初に見えた島・聟島を過ぎた後、しばらくするとおがさわら丸の目的地である父島が近づいてきました。 そうこうしている内に到着するので部屋に戻って荷造りしろ、とのアナウンスが流れたので部屋に戻りました。 予定より5分早く父島に到着し、等級順に下船をし、いよいよ小笠原諸島での滞在が始まります。
2日目: 父島散策
下船して、宿の方と合流し、荷物を預けて身軽になった私は、リュック一つで父島の街を観光しました。 メインストリートを歩き、街の雰囲気や面白そうな場所がないか探しました。 海に面している公園、大神山公園を見つけ、海の方に歩いていきました。

公園からひらけた浜辺の方に歩みを進めていくと、目の前には信じられないほど美しい海が広がっていました。 透き通るラムネ色の海、真っ白な砂浜、そしてどこまでも青い空。 写真でしか見たことのない光景が目の前に広がり、ついに小笠原諸島に来たのだと実感しました。


浜辺を歩いていると、奥の方からフェンスが現れ、物々しい雰囲気になったので引き返すことに。 後日、そこが海上自衛隊父島分隊の基地だと分かりました。
お腹が空いたので、がじゅまる食堂へ。メカジキ丼は、新鮮でとても美味しかったです。

散策を再開すると、大神山神社へ続く階段を見つけました。

階段を登り、一休みし、まだ上に行けそうだったので登り続けたところ、展望台を見つけました。 展望台からは、父島の街並みと海を一望でき、その美しさに目を奪われました。

公園内では、内地とは違う植物をたくさん見かけました。南国特有の植物や、見たことのない珍しい植物など、植物からも小笠原に来たことを実感できました。
大神山公園の後は、ハートロックカフェで小休憩。 来る前から飲んでみたいと思っていた、小笠原で少量しか採れない豆を使った小笠原コーヒーを飲みました。 飲んでみたところ、普段飲んでいるコーヒーとの差はあまりわからなかったです...

初めての長時間の船旅だったせいか、陸に上がってからも船に乗っているような感覚が抜けませんでした。これは「陸酔い」というそうです。
夕食と晩酌のつまみを買い込み、バスを待っていると、乗ろうとしていたバスが休日運休だと判明。途方に暮れましたが、思い切って宿まで5kmの道のりを歩くことにしました。 乗船中に読んだ写真の構図の本を参考に、写真を撮りながら歩いたので、1時間半ほどかかりましたが、美しい景色を堪能できました。



道中、境浦海岸では沈没船を見ることができました。

5kmの散歩の末、宿に到着しました。 宿は事前に予約しておいた扇浦にあるシェアハウス海という場所です。

その宿は、オーナーが1階に住んでおり、宿泊者は2階のリビングと部屋を使うようになっていました。 オーナーから宿の説明を受け、リビングに行くと、他の宿泊者とすぐに打ち解け、話が弾みました。 その日宿泊していたのは、全員20代前半の1人旅と仕事で来ていた3人。 意気投合した私たちは、夜、コペペ海岸へ天体観測に行くことになりました。

コペペ海岸に着き、懐中電灯を消すと、そこには息をのむような満天の星空が広がっていました。 波の音と潮風を感じながら、4人で砂浜に寝転び、星空を見上げました。

星空に詳しい宿泊者が星座の解説をしてくれましたが、私はどれがどの星か分からず…。 そこで、星空ARアプリ Star Walk2 をインストール。 アプリを片手に、オリオン座やうさぎ座などを見つけ、宿泊者との会話もさらに弾みました。
apps.apple.comコペペ海岸の往復と天体観測で、2時間半も経っていましたが、あっという間に感じました。小笠原諸島での初めての夜は、最高の思い出となりました。
3日目: 南島上陸とイルカ、クジラとの出会い
3日目の朝は、マリンアクティビティツアーに参加しました。 南島上陸、ホエールウォッチング、ドルフィンスイム、シュノーケリングがセットになった、1日ツアーです。
ツアー参加者は、高齢者3人、親子2人、学生5人組、1人参加2人の計12人。 ツアーガイドは、小笠原で30年のベテラン くるみさんです。
前日おがさわら丸が着港した港のすぐ近くの青灯台に集合し、小型船に乗りツアーが始まりました。


南島は、海の状況が良くないと上陸できない場所なので、心配でしたが、無事に上陸できました。

南島は、美しい入江と、緑豊かな岩山が印象的でした。



固有の動植物の説明を聞きながら、南島最高地点を目指しました。

南島からの帰り道では、イルカの群れに遭遇! イルカたちが波に乗って遊ぶ姿は、とても可愛らしかったです。


午後は、ドルフィンスイムとホエールウォッチング、シュノーケリングを楽しみました。 イルカと一緒に泳いだり、クジラのブリーチングを間近で見たりと、感動の連続でした。 こちらのインスタに当時の様子が写っています。
www.instagram.com
兄島海域公園では、シュノーケリングを楽しみました。 色とりどりの魚たちやサンゴ礁など、美しい水中世界に魅了されました。
アクティビティを終え、宿に戻ると、想像以上に疲れていました。 ですがせっかく来た小笠原を堪能するために体に鞭を打って動き、夕日を見るために境浦へ向かいました。

夕食は、街の居酒屋まんたへ。 島寿司や島料理、島のお酒を堪能しました。

終バスが終わっていたので帰りは、5kmの道のりを歩いて宿まで帰りました。

昼間とは違う、夜の静けさや街灯に照らされた植物の美しさに、心が安らぐ反面、雑木林から時々聞こえるカサカサ音には内心ドキドキしていました。
4日目:千尋岩(ハートロック)トレッキング
朝6時、さざ波の音とウグイスの鳴き声で目が覚めました。

二度寝をして、7時に起床。 4日目は、千尋岩(ハートロック)トレッキングツアーに参加しました。 ツアーガイドは、昨日と同じくるみさん。宿に迎えに来てもらい、登山口へ向かいました。
ツアー参加者は、私を含めた1人旅の参加の3人、くるみさんの計4人。 登山口で外来種の種子などを落とすために服や靴に付着したゴミを払い、いざ出発です。
3時間半かけて、山道を登りながら、くるみさんから外来種や固有種の説明を受けました。 タコの木が海岸から山奥まで生えるようになった理由や、場所によって木の高さが変わる理由など、興味深い話ばかりでした。 途中、ガジュマルに登ったり、絶景スポットで写真撮影をしたり。和気あいあいとツアーは進み、小笠原のツアーガイド事情などの話も聞けました。旧日本軍のレーダー跡地や観測所、塹壕など、数多くの戦跡も見学しました。


目的地、千尋岩(ハートロック)に到着!霧が晴れ、目の前には絶景が広がりました。

絶景の中で、くるみさんが用意してくれたパッションフルーツを食べながら昼食。島で採れたパッションフルーツは、とても美味しかったです。 午後1時半頃、下山開始。帰りは、行きよりもスムーズに下山できました。

2時間弱で下山し、登山口近くのUSK Coffeeでコーヒーをテイクアウト。

コーヒーを飲みながら、宿まで送ってもらい、ハートロックトレッキングツアーは終了です。 夜は、晩酌をするつもりで街に出ましたが、予約していなかったため断られ、終バスの時間も迫っていたので、スーパーでご飯を買い込み、宿で静かな夜を過ごしました。
5日目:父島最終日、お土産と基地見学
父島最終日。
朝一番で宿を出て、宿のメンバーと共にバスで街へお土産を買いに行きました。
3軒のお土産屋さんを回り、お土産をたくさん購入。
お土産を買った後、散歩しているとガソリンスタンドを発見。

さらにメインストリートを奥に進むと自衛隊の基地を見つけました。

基地見学の時間まで1時間ほどあったので、ウェザーステーション展望台へ。 展望台からは、父島の北側の海と島を一望できました。この日も、展望台からクジラを何頭も見ることができました。

時間が余ったので三日月山にも足を運びました。その後、自衛隊の基地見学へ。

基地では、宿舎や体育館、ヘリポートなどを見学。 第二次世界大戦時の慰霊碑も見学しました。


基地見学を終え、昼食は再びがじゅまる食堂へ。

宿のメンバーと別れ、農協でタコの木の苗をお土産に購入し、港へ向かいました。 午後2時、宿のオーナーが預けておいた荷物を港に届けてくれ、乗船の準備を始めました。 午後2時半頃、乗船開始。タコの木の植物検疫を受け、船に乗り込みました。

おがさわら丸が出航すると、港の人々やボートが見送ってくれました。ボートから海に飛び込む人もいて、感動的な光景でした。


島が遠くなり、水平線だけになると、4日間の思い出が蘇りました。 疲れていたので、部屋に戻って少し仮眠。起きたら夕食の時間。食堂で島ラーメンを食べ、再び眠りにつきました。
6日目:帰路、そして旅の終わり
朝5時過ぎに起床。朝日を見ようと甲板へ行きましたが、開いておらず朝日を見ることはできませんでした。 帰りの船は、正直退屈でした。早く東京に着かないかと、そればかり考えていました。
東京湾に近づくと、少しずつ携帯の電波が回復し、20時間ぶりのインターネットを噛み締めました。 自身がインターネット依存症な気がしました。 竹芝港に到着し、6日間の小笠原旅行は幕を閉じました。
おわりに
この記事は筆者が小笠原諸島旅行に行った際の体験記です。 この記事を読んで、小笠原諸島に行ったらどのような体験ができるのか体験モデルの1つとして参考になったら幸いです。
この記事では小笠原諸島の前提知識や地名などの説明は省略しています。 ざっくりとした小笠原諸島の解説はこちらの記事を参考にしてください。
より詳しい旅の中で感じたこと、考えたこと、感想、お役立ち記事などは別途記事にする予定です。
小笠原諸島は、想像以上に美しい場所でした。 ラムネ色の海、満天の星空、そして豊かな自然、都会では味わえない感動をたくさん体験できました。 また、島での人々との出会いも、この旅を特別なものにしてくれました。 小笠原諸島は、私にとって忘れられない場所になりました。 いつかまた、この島を訪れたいです。

